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中国語レッスンを申し込む [語学学習]

来週から地域巡回研修が始まり、11月・12月はこの広い国を劇的な(笑)動き方をするというのに、申し込んでしまいました。
それは、中国語のプライベートレッスン。
週1回、2時間の予定です。

「何もこんな忙しい時に始めなくても・・・」という周囲の視線をひしひしと感じましたが、新しいことっていいものですね。

語学学校の雰囲気も懐かしい。久しぶりに学生に戻った気分。
四川でも同僚に1年だけ教えてもらっていたけど、やっぱり「学校」が面白い。いつもと違う場所という感じで。

来年にはもう、私にとって中国が「一番長く住んだ国」になります。
中国語も、もうちょっとできるようになっておきたい。

楽しみです。



話したいという気持ち [いろんなことから考える]

実は、最近海外でも受講できる語学の通信講座やオンライン語学コースなどをいろいろ試しています。
職業柄どうしても語学は必要だし、昨今の状況を考えると日本語教育もオンラインから切り離せなくなっているし、まあ、つまりは自分で実験しているわけですね。
アプリや自律学習のためのサイトも含めて、いろいろいじっています。

で、しばらくやってみたのが「スカイプで英会話」。

そして、思ったこと。

・・・・・・・・・合わないかもしれない、私、これ。特にフリー・トーキング。
・・・ということ。

だって初対面の先生に、レッスンだってわかっていても、いきなり「趣味は何」とか「家族は」とか、そんなこと話すの強制されたくない。話したいという気分になれない。
考えてもみてくださいよー。私、ここに来て二カ月ですが、「趣味は何」なんて会話ひとつもしたことないですよ。(ん、誰にも関心を持たれていないとか?)
「昨日何をしたか」なんてのもない。強いて言えば、月曜日に「昨日、よく休んだ?」と聞かれたことがあるぐらい。

まあ、私がちょっとひねくれた話者ということもあるんでしょうね。母語でもあまりそういう話題でずけっとやられることが好きじゃない。
つまり、自己開示度が低い人間なんです。週末も一人でぼーっとしていたりするし。

その時思ったことがあったんですね。あ、これは、OPIで指導を受けた問題につながるな、と。

OPIについては好き嫌いもあるでしょうが、私は「どう話を引き出すか」「力を出し切って話せたという満足感をきちんと持ってもらえるか」という部分が、とてもいいなと思っています。
そのために、いきなり「趣味は何ですか」というような質問をしてはいけないという指導を個別に受け、「そうかなあ、でも趣味って早い段階で習う表現だし、クラスでもみな楽しそうに練習してるよなあ」と、ちょっと腑に落ちなかったのも事実です。
でも、今回自分が学習者の側に立って実感。なるほど、あれはアチーブメントの活動としては楽しいけれど、プロフィシエンシーを問う場合は確かに要注意かもしれない。

そんな御託を並べるヒマがあったらしゃべれよー、juni_sachikaよ。と、思われるかもしれない。はい、全くそのとおりです。グダグダ言ってないで、まず話さないとうまくなんないよー。ええ、そりゃそのとおりです。

でも、私は教育関係者なので、どうしても教師側に立ってみて、教師の責任についても考えたい。
実際、OPIを経験したけど、「話したい気分になれなかった」という中国人やハンガリー人に会ったことがある。
一方で、インタビューを終了しようとしたら、「もっともっと話したい」と食いつかれたこともある。その違いはいったい何なのか。どうしてそういうことになったのか。

特にインタビューや面接だと、日常よく接触する会話場面と違って、彼らは「話さなければならない」。つまり、聞き役や傍観者でいることはできない。そもそも不自然な状態。その中で、どこまで「達成感」や「満足感」を持ってもらえるか。

自分自身、英語のレッスンをオンラインで何回か受けてみて、どんどん英語での会話にのめりこんだことがないわけではない。
それは、フィリピンのダバオの先生。
あー、フィリピン、ダバオ。私にとって初めてのアジアの街。
ぽっかり青い空、緑の濃さ、蘭の花、雨に打たれて駆け込んだ軒先、ココナッツの入った料理が美味しかった、それからマグサイサイ公園、日本語教室の修了パーティー、とても暑いのに夜は気持ちよく涼しくなること。

そんな話をワクワクしながらして、先生とも盛り上がって、それからちょっとだけニュースなどの話もして、とても気持ちよく終わることができた。なるほど、あの感覚。話すために話すのではなく、話したいから話したい、という気持ち。

もちろん、いつも教師と学習者が共通の話題があるわけではない。
その中で、どう「話したいと思ってもらえるか」、そこはやはり追求していきたい。

学生時代、必修のドイツ語会話のクラスがあまり好きではなかっただけに(しつこい)、そう思ったりしています。

でも、懲りずに英会話もうちょっとやってみようかと思っている。
教授法と並んで、<学習法>がやはり興味のあるテーマだからです。


★オンライン英会話には後日談があって、それについてはこちらをどうぞ。→こちら (2013.04.14)

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共通テーマ:資格・学び

すっきり [いろんなことから考える]

先週の金曜日、職場でOPIに関する日本語教育研究講座。
現職の大学の先生や、日本語教育を専攻する若い中国人の学生さんが、食い入るような目でサンプルビデオを見たり、質問を投げかけたりする姿に何だか感動。

それから、その週末は大学のシンポジウムへ。
専門分野について、日本人にもなかなかできないような分析や考察がある。それから、抽象的な議論をごく当たり前のように日本語で戦わせる中国人の(そして、他の国の)先生たち。その姿にも、またまた感動。

ここへきて、もうすぐ二カ月。
私はわりと単純なので、すごい人やがんばっている人を見ると単純にすごいなあと敬服し、嬉しくなり、元気が出る。
何だか嬉しくなって、わたしもがんばろー、と思ってしまう。(あほすぎ。。。)分野はちょっと違っても、私も私のできる場所でやっぱりなんかできるかもー、とか、そこまで調子よく思ってしまう。

そして、そんな風に単純に思えるのは、実はわりと最近のことかもしれない、とも思う。

すごい人に会った時、素直に敬服できるようになったこと。
自分に足りないところはすっきり足りないと思えること。
なおかつ自分の積み重ねてきたことについても、求められれば「すごい人」に対して説明できるような気がすること。
それとは別に、適当にはしょったり黙っていたりもできること。(だって多分、「すごい人」は実は個人としての私なんぞに興味はない・・・という状態でもおかしくない)
多分、昔はもうちょっと気負ってた気がする。

試行錯誤や葛藤や、「うーん、違うかなあ」「あー、ダメだ、やっぱり違った」という過程は大切にしたいけれど、ややこしい状況の中にあっても、自分自身が安定した状態で、「すっきり」とした形でものごとに向き合えるようにはいつもしておきたい。

まあ、実際にこれから仕事がフル稼働していくと、こんなのんきなことは言ってられなくなるかもしれないけど、まずはこの気持ちは忘れないでおきたいと思う、北京二カ月目です。

ネット開通 [活動]

引っ越し、終了しました。

そして、ネットも開通しました。

生活面では整っていない部分もまだいくつかあるけれど、だんだん北京のこのビジネス街が「我が家!」という感じになってきました。

ウィークリーマンション同様、今回も眺めがよくて、なかなか幸せな気分になれます。ああ、眺めって大切。

もうひとつ幸せなのは、書斎として使える小部屋があること。
大きすぎず、小さすぎず、かつ眺めのいい小部屋。
今回は大家さんにお願いして最初からきちんとした本棚を入れてもらいました。
いろいろ集中して勉強できそう、仕事もできそう。まずは中国語と、それから今回はもうちょっとちゃんとポートフォリオを勉強しよう。

秋から冬にかけては巡回研修であっちこっち行くことになりそうで、その打ち合わせも本格的にスタートしています。

ひっこし [日常]

明日はお引っ越し。
新居ではインターネットがまだできないので、しばらくは静かに過ごす予定。

約一カ月過ごしたウィークリーマンション。
地上20階の1DK。結構気に入っていました。
これでちゃんとした机があれば、もうちょっとここでもいいかなと思ってみたり。

でも、この一カ月は北京なのに殆ど原稿書きで終わってしまい、しかも納得できない状態なので後味悪く、何だかいやな状態での引っ越し前夜、最後の夜。

でも、必死で「書こう」「書く」(書けないのに・・・)という気持ちでやっていたのはウソではないので、そんな一カ月もあっていいかも・・・といつか思えるのかな。(どうかな)
その時は、この部屋の風景をきっと思い出すのかな。

少し落ち着いたので、新居ではちょっと真面目に中国語を勉強して、それからようやく北京探索を開始したいと思います。

では、ネットが接続する日まで~。


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