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私が日本語教師になったわけ [わたしについて]

「みんなでブログを書こう!第1回(私が日本語教師になったわけ)」という企画があると教えてもらったけど、残念、ここからはうまくアクセスできません。
それに春節明けのバタバタが重なって、気がつくと期間の1月29日を過ぎてしまっていました。(とほほ)

でも、せっかくなのでこの機会にちょっと思い出してみました。私が日本語教師になったわけ。

これは、分野に対する関心と、生活面での必然性と、いろんなものがごた混ぜになっている気がします。

ブログの中で過去に書いたこともあるかもしれないけれど、私のもともとの専攻はドイツ語と現代史です。
能がないのを痛感しつつ、この分野に20代後半までしがみついていました。
しがみついているうちに、こりゃもうダメだ、と思いました。歴史もドイツ語も好きだけど、私はここでは生きていけない。力がない。わかっていない。そして、苦しい。
そうしているうちに、当時扱っていた「移民の社会史」や「移民子弟への言語教育」が、だんだんドイツという枠に収まりきれなくなってきました。
何せテーマは「移民」なので、「オーストリアのチェコ人」とか「ロシアのドイツ人」とかだんだんこんがらがってくるんですね。しかも自分自身の近親にわんさかいる「日系アメリカ人」とか「大陸帰りの人」の問題にまで広がってきて、ますます自分自身の研究(もどき)の視点もブレてきて、これはもう、すぱっと新しい視点に切り替えたほうがいいんじゃないかな、と思うようになりました。

思い切るまでは時間がかかりました。「これは単に自分が苦しいことから逃避しようとしているだけなんじゃないかな」とも思いました。
そんな中、当時の専門以外の視点から、ドイツとイタリアに(調査という名の)旅に出る機会をいただいたり、ちょうど日本に来た日系アメリカ人のハトコと会ったりして、「やっぱり変わってみよう」と決めました。
20代も終わりになっていました。

その年齢なわけだから、最初からもう「何が何でもこれで生計を立てていかなければいけない」と、とにかく必死でした。
一度がんばってみたことをやめたんだから、次はもうやめるわけにはいきません。
大学を出てきっちり就職した友人たちは、もうしっかり地に足のついた人生を歩んでいる。
なので、「いい授業ができるようになりたい」「学生との交流を楽しみたい」という気持ちはもちろんですが、わりと最初から、30代にふさわしい・30代ならではの視点や立場や発想を意識して走ってきたような気がします。何をもって30代にふさわしいというかについては、主観的なものだったんでしょうけどね。

まあ、おかげでマネージメントの経験も早くからできましたし、結果的にはよかったのですが、20代前半からこの道に入って、学生たちと友達のようにわいわい楽しむという経験はあまりしていないので、残念といえば残念です。
そういう時期を経ていたら、何が見えていたかなあと時々思います。

というと、なんだか「気がつくと何故か」のような感じですが、他の可能性もあった中で言語教育を選んだのは、やはりこの分野に関心があったからだと思っています。
同じ顔をしているのに日本語がわからないおじさん・おばさんに会った時の不思議さとか、自分自身も英語の勉強が好きだったこととか、短期留学先のウィーンで絶対プロではない先生に会って「ドイツ語だけでドイツ語を習うと効果があるってほんまか??」と真剣に思ったこととか、ドイツ語教師になっても絶対ネイティブにはかなわないんだろうなあという虚しさとか、下手の横好きで自分はどうして全然話せるようにならないんだろうと悩んだこととか、<言語>と<教育>に関する記憶はいちいち自分の中で鮮明です。

自分自身の関心にも、やはり連続性を感じます。
修論は結果的には違うテーマにしましたが、もともと書こうとしていたのは「移民子弟対象の民族学校における言語教育のカリキュラム」ということ。
カリキュラムは人々が社会をどうとらえ、何に価値を見出し、人をどう育てて次の社会を生み出していこうとしているかを反映したもの。そのように考えていたんですね。

なーんだ、今と基本的に関心の向きは同じ。カリキュラム論。コースデザイン。社会の中での教育のとらえかた、みたいなもの。もちろん、歴史と言語教育の視点の違いはありますが。

他にも、Germanistikのような世界に片足を突っ込んでいたので、日本学や日本研究に心惹かれるという点はありますが、これはちょっと難しい問題です。またいつか。

「わたしについて」というカテゴリーをつくりつつ、今まで何もアップしていたのが、今回初記事となりました。
香港のぱんちょさん、それから教えてくださったmurakamiさん、ありがとうございました。

ちょこっと覚悟をしようと思う [活動]

さて、こちら中国でも本当に新年が明けました。春節、旧正月ですね。

この季節を海外で過ごすこと、今回で7回目。
日本大好きで、特に勉強するならやっぱり日本だなあと思っている私なのに、飛び飛びとはいえ7回もこの季節を海外で過ごすとは。驚きです。

非常に現実的な一年の計は、今のところまあまあ守られています。
10年後、20年後を考えてやっておうこうとしていることは他にもあるんですが、まあ、それについてはぼちぼちね。

そして、さて、もうひとつ。

いろいろいろいろいろいろ思うこともありましたが、私はやっぱり、海外で・海外をやっていこうと決めました。

もちろん、いろんな事情で突然日本にホームを移すこともあるかもしれません。
可能性は低いけれど、日本語教育以外の方向にシフトすることだって、そりゃあるかもしれません。
いずれにしても時々栄養補給が必要なので、勉強しに帰ることもありえます。

本当は、日本語教育に切り替えた時は、生活者の日本語教育や児童生徒のための日本語教育がやりたくて、そして実際にやっていたんですね。
その中で、自分自身が一度生活者として海外に出てみようと思ったことが海外生活のスタートになりました。

「すこーし長く出すぎたかな」という思いを持ったことがないと言えばウソになる。
特にここ数年は、どうしてもやはり、自分のことだけ追及していればいい年齢じゃないわけで。
でも、いろいろ考えて、モヤモヤいじってみて、追及しなければならない諸々の浮世のこともいじってみて、そして、やっぱり海外でやってみようと改めて考えた2012年の旧正月となりました。

あとは、健康管理・健康維持かな。
私は比較的丈夫なほうだと思っていますが、子どもの時から、実に30年近くの付き合いである肩や腰のトラブルは、もう克服しようという気はなくなりました(苦笑)。
ただ、そういうトラブルを自分は持っていると認めて、いたわりつつボチボチやっていこうと思っています。
それと、中国料理美味しいんだけど、外食が増えると油で大変なことになりそうなので、極力自炊を増やしたいと思っています。うーん、お弁当復活?


話すことと書くこととアウトプット [教師研修と、その周辺]

さて、先日「会話の教え方」について話す機会があり、その時からずっと考えていること。

「会話の授業で困っている」という声は聞くけれど、たいていの場合、それは、「知識はあるけど話せない」とか「話す意欲がない」とか、逆に「よく話すけどブロークンすぎる」とか、そういったところから出てきている。
もちろん、そうだと思う。
だけど、同時にふと思う。その学習者は、もうひとつのアウトプット、つまり「書くこと」はできているのか?

で、そういうケースもきっともちろんある。

例えば、内向的な学習者。
そして、会話になった時、聞く力が弱くて流れについていけなくなる学習者。

それから、書く場合は「考えたり逆戻りしながら推敲したり調べながらできる」けど、一方向に流れていかざるをえない「話すこと」の場合、一定のテンポでどんどん言葉をつなげていくことに慣れない学習者には、きっとそれが難しい。
まあ、いろんな要因がある。

だけど、それだけではなく、話すことと書くことがもっと連動させられないかな。
「自分のことを表現できる」とか「自分の意見を表明できる」という点においては、両者は共通の部分があるから。

どうしてそう思ったかというと、研修内容を頭の中でもう一度いじってみたり、特に活動を整理したりしていると、
「これって会話授業だけじゃなく、書く授業でも活動として生きてくるんじゃないかな」
と思うものが、どんどん出てくるので。
そしてまた、
「<話せない>学習者は自分のことを書けるのか、つまり<自分のことを表明できるのか>」
とも思ってしまったので。

うーん、考えてみたい、聞いてみたい、そしていつか実践してみたい。

研修に行くと、新しいタネが自分の中にぽこんとできる気がする。
不思議なのは、「(反省点は多々あっても)今の自分なりにしっかり話せたかな」と思う研修のほうが、そういうタネができること。

タネ、ちゃんと発芽するタネであってほしいんだけど。


2012年にやりたいこと [活動]

さて、前回はわりと抽象的な内容だったので、今回はもう少し具体的に、やりたいこと・やってみたいこと。

①ここ数年ずっと考えていた、「教材作成」と「開発」を整理しはじめる。

多分これから10年は続いていく仕事の第一歩だと思います。

私はハンガリーでずっと教材作成に関わっていて、それはコーディネイトと呼ばれる業務が中心でした。
やっていた業務と言えば、直接シラバスをつくったり原稿を書いたりということよりも、20~30名から成るチームが、どう「不安感なく」「気持ちよく」動き、そして成果物に向かっていけるかということが中心。この仕事にずいぶん育ててもらいました。
仕事の中で得た大切なものは、人をまとめること、全体を考える視点、プロセス感覚、そして業務分担感覚と、分担しながらも共有していくという感覚。
「できていた」かと言われると疑問ですが、「得た」ということはできます。
このうち、「人をまとめる」というのはそれ以前から少し経験がありましたが、もう、とにかく全然規模が違ったんですよね。

あ、あと、この仕事を通じて、プロジェクト運営やIT開発などの分野で新しい友人ができたし、世界が広がったことも財産です。

「開発で困っている人は多いから、そのプロセスをまとめればいい」とずいぶん勧められましたが、どう切り口をつけていくかがずっと見えませんでした。
シンポジウムで「このテーマやるよー」宣言的な発表はしたことがありますが、プロセス報告だけだとどうもそぐわない。プロセスを共有するなら、「ブログ発信」や「本にまとめる」のほうが合うんですよね。
で、何となく気になりつつずっと頭の中でちょこちょこいじっていて、最近ふと切り口が見えたというか、自分の中に発見がありました。
なので、今年はそれを少しずつ形にしたいと思っています。

それと、開発は新しい職場でもやっていて、これはまたこれで大発見があるので、「開発のタネ」をもうちょっと自分の中に増やしたいと思います。


②協働と接触と動機と歴史と人を豊かにしていく言語教育、などなど

「得意分野は何ですか」と聞かれることがあって、普通、それは「会話」ですか、「作文」ですか、というような
聞き方でされるのですが、私の場合興味があることをキーワードで挙げると、「協働や接触場面や動機や歴史や人を豊かにしていく言語教育」という、非常に漠とした部分にあります。その上に、会話にしても、作文にしても、聴解や文法や文字語彙にしてもある、という感じですね。
特に「接触」については、東ヨーロッパの小さな国から東アジアの大都会に来て、あまりにも学習者たちが日本語との接触を持っていない・・・ことに愕然としました。うわー、すごい。びっくりですよ。
ただ、これは「認識」の問題や、接触の定義も関わってくるとは思うので、要注意なんですが。

上のキーワードは研修でもよく聞かれるので、自分の軸として持っておきたいと思っています。



③1日1本論文(または専門書の1章)を読む
1日1章専門とは関係ない読み物や小説を読む

一応「センモンカ」という仕事をしているので、業務時間中も論文を手にとることはあります。
ただ、そういう時の読み方は「エッセンスをもらう」的な読み方になっていることが多いし、業務が忙しくなると読まなくなってしまうんですね。
そういうのではなく、きちんと専門分野に関わる時間を、夜寝る前などに持ち続ける必要はあるでしょうし、中国語学習もしたい(大切!)中で負担なく続けられる最低限の量が「一日一本または一日一章」なわけです。
これを決めて数日実行してみましたが、「忙しくて勉強の時間がない」という、小さなフラストレーション解消にも役立ちます。

読み物や小説も忙しくなると読まなくなって、これも何だかフラストレーションになっていたので「一日一章」
を決めてみました。
特に小説などは面白くなると最後まで進んでしまうというのは十分ありえます(笑



④語学の勉強をする

生活が落ち着いてきた11月、12月と、週1回中国語のレッスンを受けましたが、これの回数を増やしました。
週1回だと、出張や会議で潰れてしまうことがあるのですが、週2回にすると「全然勉強に行かない週」はさすがに減ってきます。
ネットでも学習できるのに、何故わざわざ習いに行くのかと聞かれそうですが、「知らない場所で仕事と違う雰囲気に浸る」というのは、かなり面白い経験です。
曜日の関係で今はプライベートレッスンですが、落ち着いたらクラスレッスンもやっていたいとは思いますが・・・これは、「非漢字圏の人と一緒に勉強するのはどんな感覚か」を、自分でも味わってみたいという、一種職業上の好奇心によります。

あと、英語を再開したいと思っています
それと、CEFRやJFスタンダードに関わっていると、世界中どこでもつきまとってくる言語がいくつかあるので、少しそういう言語にも触れてみたいと考えています。



⑤その他の勉強

あまりに機械に弱いので、自分でもちょっと勉強したいと思っています。
機械弱いくせに、e-learningやアプリでの学習など関心があるんですよ。何故? 多分、自分自身が地方都市に根っこがあるので、「勉強したくても場がない」という経験を持っていたためだと思います。


⑥地域と地域をつなぐなど

「地方都市に根っこが」で思い出しました。これは仕事面。ただ、そのためには、北京の最前線にいる先生方にご協力いただく機会もあるかもしれないので、総合的に丁寧に仕事をしていきたいと思っています。



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自分は勉強に向いてなくて、学校なんかやめて早くふつーの社会人になりたいと思っていた中学生の頃を考えると、なんだかウソのような人生を送っています。
まあ、そういう教育関係者がいたっていいじゃないですか(苦笑

こんな風に思っています。今年もよろしくお願いいたします。

さて、野菜のお粥でもつくろうっと(七草ではない)。




久々にハンガリー語に触れる [語学学習]

この年末年始、短い期間ですが日本に帰っていました。

北京に赴任して4か月。
足りない物を補充したり、抜け落ちていた手続きをしたり、そんなこんなでバタバタしていたのですが、家にいる時には日本から久しぶりに某SNSアクセスし、ハンガリー語やドイツ語で流れてくる書き込みを眺めることもありました。

ちなみに、私のハンガリー語力はおそろしく低いので、わかるのは「明けましておめでとう」や「楽しかった」などの、ごく基本的なフレーズ程度です。
それでも、かすかにわかる言葉を見ているうちに、それを書いた友人や学生たちの顔が思い出され、ハンガリー語、いつかまたやってみたいかも、と、ちょっと本気で思ってしまいました。高度なことまでできなくて構わないのですが。

英語中国語や、専攻語だったドイツ語については、総合的にもっといろんなことができるようになりたいという気持ちがやはりあります。
それは会議の場面だったり、仕事上のさまざまな要求や交渉だったりしますし、ドイツ語なら美文や詩的表現まで咀嚼できたら絶対楽しいだろうなと思ったりします。そういった場面は、今、現実には接することのないものであっても、万が一遭遇した時には乗り切りたいという気持ちがあります。
だけど、ハンガリー語については、そこまでの欲はありません。懐かしい人の書いている簡単な近況がわかって、一緒に過ごした時間がちょっとだけ思い出せればそれでいいかな、という程度です。それも、私はクローズドなSNSのヘビーユーザーではないので、ごくたまに開いた時に、少しわかればいいなあというぐらい。

うーん、これってCEFR的に言えば、あるいはJFスタンダード的に言えばどうなるんでしょう???

けして実用的とは言えない(すみません!)ハンガリー語だけど、実用的でないからこそ、「自分にとってそれがどういう言語か」という部分がすっきりしていること。
欲もなく、でも「何故その言葉がどの程度までできるようになりたいか」ということも、とても整理されていること。
久しぶりにハンガリー語を見ながら、何だかちょっと不思議な感覚を覚えました。

さて、本当にいつかまた、ハンガリー語を勉強する機会があればいいなあ。



<追伸>
この後、ひょんなことからMedgyes Peterの研究内容に触れる機会があり、彼がハンガリー人だということも知りました。
うーん、やはり気になる。ハンガリー。



2012年に思うことと、2011年をふりかえる [活動]

久しぶりのお休みとなる年末年始。
個人の書類をあっちにやったりこっちに動かしたり、北京生活4か月を過ぎて足りない物を書き出しては買いに行ったり、「生活調整」のための時間を過ごしています。

と同時に、仕事以外のことにとっぷり使える数日間。とても貴重です。

2011年は6月までハンガリーのブダペスト、その後8月から中国・北京と、大きな変化のあった年でした。
場所だけでなく、業務面でも、それまでどっぷり関わってきた教材作成(そうだ、教材できました。これ、ここにも書かなきゃ)と日本語講座運営から、教師研修中心の場所へ。考え方の転換もずいぶん迫られましたが、毎日が発見の連続でした。

そんな2011年は外的な変化が激しく、自分で何かにうまく乗っていくというよりは、ぐるんぐるんと動く世界にがんばってひっかかって何とか飛んでいるというか、必然的にそういう一年になりました。
ぐるんぐるんと各地を飛んで、北京で二泊三日の受け入れも経験した4か月目のクリスマス・イブには、一人出張研修デビュー。天津日本語教師会の皆さん、お世話になりました。ありがとうございました。

研修って、本当にいろんなタイプがあるな、と最近改めて思います。
勉強しているその日・その時間だけではなく、休憩時間だとか、質疑応答とか、それから主催者側との事前連絡や終わってからのやりとりも含め、いろんなことをひっくるめて研修は考えていきたい。
と同時に、自分が関心のあるタイプの研修が、中国という場で、どれだけ先生たちの関心や必然性と合致していくのか。その点を2012年も引き続き丁寧に見ていきたいと思っています。

その他、新しい年は仕事と並行して、専門の勉強をもう少し意識的に続けたい。(あ、それと中国語も)
特にここ数年は、日本語教育の<教育>の部分と、教育や言語に関して人が自分で自分に与えたがる物語というか、そこにぐぐっと関心が向かっています。後者については、まあ、社会史だったというのもあるんでしょうね、私のバックグラウンドがね。

他にも、ブログをもうちょっと自分自身のポートフォリオとしてとらえなおしてみたいとか、今まで会った人やこれから関わっていく人との関係を大切につないでいきたいとか、そういう希望があります。
あと、北京でしかできない空気というのを吸っておきたい。成都でも、もちろんブダペストでも、北ドイツでもない、北京ならではの空気。さて、それは何になるのかな。

そして最後になりますが、震災・原発事故の起こった2011年。世界でも、いろいろなことがありました。
2012年、新しい年。全ての人にとって、どうかいい一年が訪れますように。
今年もよろしくお願いいたします。


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