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言葉に関わる喜び [いろんなことから考える]

名古屋の「日本語教育国際研究大会」で久しぶりに会った友人に、「ブログ更新してくださいー」と言われました。そう、そういえば最近していませんでした・・・。

先日職場の専門家ブログの担当になり、仕事を通じてのつらつらはそちらに書くことが増えてきたというのが理由のひとつ。
でもまあ、個人ブログもせっかくなので書き続けたい、ですよね。


そこで、久々の更新。
個人的に最近すごく関心があるのは、「言葉を通じての活動」の楽しさや喜びのようなものだということ。

「言葉や言語学習を通じての喜び」はここ数年追いかけているところなのですが、それを追及する時の危うさを、特に中等教育段階の支援で感じることがあります。

中等教育は、人間の成長にとってとても大切な時期。
なので、「学ぶことを通じての人間形成」や「異文化に開かれる目」を養うことは重要だし、私も大いに賛成するところなのですが、そのことを、「異文化を知る喜びと言語学習の喜びとは違うもの」とするような発言をいく様子を聞くと、すこーし残念だなあ、と思ったりするわけです。

例えば、読む喜び。文字を追うことのわくわく感。
新しい世界に触れていくこと。
聞くこと。言語の持つ音の美しさを感じること。
新しい言葉で話すことで、母語では言えない感情などが恥ずかしがらずに表明されること。
そういった諸々です。

あと、もうひとつ思うのは、「自律学習って何だろう」ということです。
もうちょっと豊かなイメージはないかなあ。「自律学習」じゃなくて、「自律的に言語に関わる」みたいなもの。
結局それがあるからこそ、「生涯学習」・・・というより、「生涯を通じての言葉との関わり」は生まれるんじゃないかなと。

で、並行して「クラスの中の動的な動き」ということが、ものすごく関心があるところです。
大人だって、やっぱり雰囲気のいいクラスに通いたいわけです。けして、初中等教育段階だけではない。
そしてその教室は、教室だからできる豊かさとか、教室ならではの楽しさを感じる場所であってほしい。

(例えばね、以前ドイツ語教室に通っていた時、周囲の忙しいドイツ人にはなかなか聞いてもらえない感情や希望などを、教室で口にすることによる精神の安定作用みたいなものが、ものすごくあったわけです)

私がここ数年興味があるのは、多読、協働、カウンセリング理論。
それから、朗読、演劇、物語ること、短詩型文芸、アートとの結びつき。(個人的趣味もわりとあるよな)

今は少し現場から離れていますが、近いうちに実践もしようと思っています。
いつか、また。

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