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けんこう [日常]

旧正月、三が日が終わって今日は旧暦一月四日。

朝起きたら、身体が軽い。すっきり。気持ちも軽い。

健康って大切。がんばろー。



外国にいる [日常]

春節休みなので、たまには仕事以外のことを書きます。

外国暮らしがスタートして、今年で10年。
間に少し日本に帰っていた時期もあったけれど、ほぼ連続して3か国4地域で生活したことになります。

異国にいて面白いなと思うのは、意外な物に身近に接することが多い中で、「あれ、自分ってこういうことに興味があったんだ」とか「こういう物が好きになれたんだ」という、新たな発見があること。

ヘレンドのような洋食器、それから民芸雑貨や骨董品が好きになれたのはハンガリーと中東欧地域のおかげだし(ハンガリーの民芸品については過去の日記をどうぞ→こちら)、サウナに入る楽しみを覚えたのは成都のアパートがしょっちゅう断水していたおかげです。そのまま温泉大国ハンガリーへ行けたのも、ご縁というものでしょう。
最初に住んだドイツは海の近くの小さい街で、灯台や運河、そして砂浜や荒れ地や空や風の美しさにいつも感動してたな。

まあ、こういう感動は、生活してなくても<旅>でもできるわけなんですよね。
旅先ではリセット状態で好奇心いっぱいに動くので、意外な自分に気づくことがあります。
例えば私の場合、現代美術とナイーブアートに目覚めたのは旅先でです。

それなのに、ハンガリーに行った頃から、海外に住んでいても「仕事以外は引きこもり」という状態がだんだん増えてきました。
特に北京に来てからは、全くひどいものです。

それは多分、10年間海外出ずっぱり生活の中で、海外生活が自分にとって否応なしに日常のものになっていき、今後の人生のこととか自分の今のこととかいろいろ考えざるをえなくなり、「限られた海外時間を楽しもー!」と、はしゃいでばかりいられない。プライベートも仕事に関わることをしたり、勉強をしたり、本を読んだり、情報を集めたり、頭の中で日々のことを整理したり、あるいは思い切り身体を休めたり、そんな風にならざるをえなくなってきたのではないかと思います。
家で静かに本を読んだり片づけたりしているのが大好き、という性格もあるんでしょうね。

だけどやはりその中にあっても、好きなもの、好きなことや少しずつ出会う可能性はあるわけで、そういうささやかな時間や物との出会いは大切にしたいと思っています。


国際ボランティアのこと [日常]

一年前から、プラン・ジャパンのプロジェクトを通じてペルーのコミュニティのサポートに関わっています。チャイルドとの交流もしていて、私が手紙のやりとりをしているのは今年13歳になる女の子です。

プラン・ジャパンは学生時代から関心があって、翻訳ボランティアのお手伝いをしたこともあったけれど、実際自分がサポーターになるのはこれが初めてのことです。
以前は年齢的にもまだまだ自分が未熟な自分が支援をすることにいうことに対し、何だかおこがましいような気がしていました。

考えすぎなんだろうけど、チャイルドの親は30代、40代。
苦労はしていてもそれぞれの場所でしっかり生きている人たちなわけで、そこにちょっとだけ小金を持っている外国人の小娘が「あなたたちの子どものために」という雰囲気を示すことに抵抗があった・・・というのが正直な気持ちです。
そういうわけで、災害などへの一時支援や匿名性のものには参加できても、プラン・ジャパンのように顔を出して継続的に一人の子どもも関わりが続くタイプのプロジェクトとは、ずっと関わりを持たないままでした。

でも、そういう私も、気がつくとチャイルドたちの親御さんと同年代、あるいはそれ以上の年齢。
それにインターネットの発達で海外にいても寄付がしやすくなったこともあって、思い切って去年からペルーの子と関わり始め、そして先日、ベトナムの学校の子どもたちをクラスごと継続支援するというプロジェクト(ガオ村スクールスポンサーシップ)にも申し込みました。

まあ、一人でずっと生きている中、職業(教育関係)とは別の形で「次の世代」というのを考えるようになったというのが正直なところでしょう。

日本語教師というのは、経済的に不安定な人が多い職種です。

私も今はとりあえず仕事があり何とか生きていくこともできるけれど、いずれどうなるかわからないというのも事実です。・・・昨今は何の職業でも同じかもしれませんが。
ペルーの一人の女の子だけじゃなく、ベトナムの学校プロジェクトにも関わり始めちゃって、数年後の私、本当に大丈夫??と一抹の不安もありますが、「責任を負う誰か」を持っていることが、自分の生活や仕事に対する責任にもつながっていくんじゃないかな。。。と思います。いや、つまり、そうありたいんですよね。
(あ、ガオ村は、クラス単位の交流なので、卒業まで見守る形にする予定です)

20代の頃からプラン・ジャパンの活動を行っていたある友人は、一時期世帯の経済状況が非常に悪かった時も支援を途絶えさせることなく続けていました。
そういうのを見ると、顔の見える支援、個人との関係につながる長期支援は、やはり相応の責任を伴うだなと感じます。もちろん、だからと言って、諸事情や自分の考えから支援を中止する人がいたとしても、一概にそれを否定するものではありません。

ペルーの女の子からは時々手紙が来、そして写真が来ます。
手紙や写真はなくてもいいから、その分食糧や医薬品の支援を強化してもいいんじゃないかなと思った時期もあったのですが、知らない国があることを知り、そこに誰かが住んでいることを知り、その人に手紙を書いてみるという経験を一人の女の子がすることの意味。
支援活動には様々な形態があって、こういった関わり方も、それはひとつの大切な試みではないかと思うようになりました。

春節快楽! [日常]

旧正月こと春節でも2013年が明けました。春節快楽!

教育関係とはいっても私は事務所勤めなので、大学のようなまとまった夏休みや冬休みはありません。それでも春節などで連休が入るのは嬉しいものです。

中国の年越しといえば、やはり花火と爆竹。
私の住んでいるマンションの前でも一般道路の真ん中に人が集まって、ばんばん花火があげられている・・・。
どう考えても個人があげるレベルじゃないような、本格的な打ち上げ花火もあがっています。そして、その横を当たり前のように走り抜けていく車たち。

特に0時を迎えた瞬間は、あっちでもこっちでも見事な花火。
マンションの窓から花火大会を見るのは、なかなか贅沢な気持ちです。しかも、目の前。

さて、改めて心機一転といきたいところですが、ここ10日ほど何となくおかしかった体調が本格的に悪化し、大晦日の日一日は大変なことになっていました。
北京風に餃子を食べたいと思っていたのが、ヨーグルトとスムーシーで一日を過ごしました。残念。

まだ完治していないので、気を付けます。

やはり2013年の一年の計は、「健康第一」にします。
改めまして、今年もよろしく。


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