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帰国しました [活動]

8月24日、帰国しました。
今、広島にいます。

土砂災害とちょうど前後しての帰国。
実家のあたりは離れていますが、親戚が複数被災しました。
祖母の家のあったあたり、子どもの時の遊び場の山が、変わり果てた姿で連日報道されているのを見ると、何とも言えない憂鬱な気持ちです。

広島暮らし、こんなスタートになってしまいました。
でも、少しずつ、こちらで楽しい時間、いい時間を重ねていきたいと思っています。

北京での三年間、ありがとうございました。


あと一週間 [活動]

さて、あと1週間となりました。

後任も到着し、オフィスの机とPCも片づけました。
でも、帰任日直前まで大きな仕事を抱え、かつ論文原稿を一本抱えているので、今もスーツケースのそばでせっせと作業をしています。

前のハンガリーもそうでしたが、今回の北京でも得たものの多い3年でした。

職場のブログが始まったので、仕事日記は殆どそちらに書いていました。
かつ、職場ー家ー出張先を行ったり来たりという極めて単調な毎日で、この3年はあまり日記を更新しませんでした。

でも、思い出してみると、ささやかな世界の中でたくさんの人に会い、たくさんのことがありました。
同僚や同業の先生方はもちろんのこと、街の人たちのことも、いつかとても懐かしくなると思います。

帰国前に、もう一度ぐらい書けるかな。

明日も仕事、がんばります。

シドニーへ [活動]

7月10日~12日、オーストラリア・シドニーで行われた「シドニー日本語教育世界研究大会2014」に参加してきました。
私は、中国の中等教育についてのパネルに参加。
多くの人に出会い、話をし、意見交換をし、改めて日本語教育や言語教育の世界で頑張っていきたいと思えた3日間でした。
内容詳細は職場のブログに任せますが、こちらのブログでは、個人的なことを少し。

中国に赴任して、間もなくまる3年。
出張が多く、プライベートでまで飛行機に乗りたくないという気持ちもあって、全く個人旅行をしないままに3年間が過ぎました。
もちろん、中国と日本以外の国に行くこともゼロ。
その中で、出張とはいえ、本当に久しぶりに遠くに行って、改めて自分にとって、遠くに行くことが必要なのだと思い知らされました。
違う国・違う場所で、言葉が違う、空気が違う、雰囲気が違う。それによるリセット感、解放感って、大きいです。

シドニーでは自由時間も殆どなく、会場からさほど離れていないオペラハウスも夜慌てて見に行ったぐらいですが、たまたま帰りの飛行機が24時間!の遅延。
突然時間ができたので、昼のオペラハウスを見にもう一度行ってきました。

以前は全く興味のなかったオペラハウスですが、本物は夜も昼も真珠のように輝いて、とても美しい建築物でした。

写真は、夜と昼のオペラハウスそれぞれです。

operahouse1.JPG

operahouse2.JPG

誕生日と寄付 [活動]

誕生日は、ごくごく普通の一日でした。

ちょうど引っ越しでいろいろ片づけていることもあり、ほしい物もすぐに思いつかなかったので、以下のサイトからそれぞれ寄付をしました。

●プラン・ジャパンの「プラン一般プロジェクト」 http://www.plan-japan.org/
私はここを通じて、ペルーの女の子とベトナムの学校に関わっています。
プラン・ジャパンでよく知られているのは、子どもたちとの交流のある「スポンサーシップ」ですが、今回の「一般プロジェクト」は回数・金額ともに自由、つまり一回のみでも可です。
募金先は自分で選べますが、私は選びきれなかったので「事務局に任せる」を選びました。

●復興市場 http://fukkoichiba.com/
時々ですが、関わらせてもらっています。
「支援物資を被災地のお店から購入して被災者へ届ける通販サイト、支援物資のオンラインショップ」です。
震災の翌年冬には必要物資としてストーブがたくさん出ていて、「早く必要数に達しますように」と祈るような気持ちでサイトを見ていました。
今は、漁業再開のための道具が目立ちます。

●日本赤十字社 2014年バルカン半島洪水支援金 http://www.jrc.or.jp/
セルビア及びボスニア・ヘルツェゴヴィナが対象です。
ハンガリー赴任中、セルビアもボスニア・ヘルツェゴヴィナも事務所の管轄で、先生方との交流の機会もありました。特にセルビアは、日本語教育が盛んな場所です。
そしてそのセルビアからは、東日本の震災の時には、ヨーロッパで最も多額の義捐金が寄せられたそうです。人口もけして多いわけではなく、平均的な月給が200~400ユーロ(25000円~50000円程度)という国ですよ…。

セルビアとボスニア・ヘルツェゴヴィナに行った時の記録は、こちらにあります。
●セルビア http://juni.blog.so-net.ne.jp/2011-01-17
●ボスニア・ヘルツェゴヴィナ http://juni.blog.so-net.ne.jp/2009-10-31
この頃はかなりいろいろなところに行ったり、日記をつけたりしていますね。私の大好きなバルカンの記録です。


寄付といっても微々たるものですし、ここに書くのも恥ずかしいほどですが、少しでもお役に立てばと思っています。


ペルーの女の子 [活動]

以前も書きましたが、プラン・ジャパンを通じてペルーのコミュニティに関わっています。始めてから、早いものでもう2年になります。

私が交流しているコミュニティ代表は、14歳の女の子です。
彼女はわりとマメなのか、せっせと手紙を送ってくれます。

手紙や「小さいプレゼント」のやりとりは、事務所や人の手を介しているので、届くまで半年かかることもあります。
また、時には時間をかけて3通まとめて届くこともあります。

最初は決まったパターンと簡単な絵だけの手紙だったのが、回を重ねるにつれ、自分の家族に起こった事件、学校の友達のこと、好きな勉強のことなど、内容がどんどん豊かになってきています。
嬉しい驚きです。

先日、彼女からついにお願いが来ました。
お願いのひとつは、
「私に手紙を書くのにそんなに時間を使わないでください」
というもの。
私もわりにマメに書いていたから、心配されたのかな。ありがとうね。

それからもうひとつは、
写真を送ってもらえませんか」
というもの。

2年目にして初めてのお願いが、上の二つ。
可愛いです。

コミュニティの選定は完全に事務局側にお任せしていたので、ペルーに決まったこと、女の子になったことは全くの偶然でした。
実はラテンアメリカにもペルーにも、殆ど関心がありませんでした。ラテンアメリカのイメージがちょっと苦手だったのですね。
スペイン語の響きも苦手だったし、アジアやアフリカのほうが合うなあと思っていました。

でも、彼女と関わるようになり、コミュニティのレポートを読み始め、少しずつ変わりました。

ペルーのニュースが流れると意識して見るようになり、町で「ペルー雑貨」などを見ると、手にとるようになりました。
ペルーの食べ物を食べてみたいと思うようにもなりました。
「マチュピチュ」の写真を眺めることもありました。(それまで全然興味なかった)
観光地とは別の、普通の人々の普通の暮らしを考えるようにもなりました。
こういう変化は、1年半かけて、ちょっとずつちょっとずつ起こったこと。40代になってこういう変化が起こることも驚きです。

よく「日本が好き」という人にきっかけを聞くと、アニメやマンガ・ゲームという答えが返ってきます。

もっと個別的な体験を聞くこともあって、私が聞いた例では、
「子どもの頃にたまたまもらった富士山の写真がほんとうにきれいだったから」
「お父さんが経営しているレストランに日本人のお客さんが来て、握手してもらったから」
というものがありました。
大人にとっては、どれもすごくささやかな経験ですよね。
それで日本に興味を持ってくれたり、日本語を勉強してくれたりするなんて、本当にすごい。

成長するにつれ、興味のあることは他にも出てくるはず。忘れてしまうことだって、きっと多い。
外国への興味。でも、外国に行くことだって、簡単じゃない。
語学の勉強は、更に大変。
それをずっと、何年も、何十年も、維持してくれたということ。
そのきっかけが、「1枚の写真」や「日本の人との握手」など、とても小さなものだということ。

大人になっても、新しい国に対してこれだけの気持ちの変化が起こるのだから(ゆっくりだったけど)、感性豊かな子ども時代には、その影響はもっともっと大きいのでしょうね。

更に、今回は1人の女の子との出会いがきっかけでした。人と人とのつながりの持つ力の強さを感じます。
ペルーのFちゃん、ありがとう。
彼女との交流は、彼女が18歳になる日まで、あと4年続きます。


振替出勤日 [活動]

中国、昨日は旧正月明けの仕事始め。
そして、こちらおカレンダーでは、本日土曜日(日本はもう日曜?)は振替出勤日という設定です。

私はこの国の「振替出勤日」というのに未だ慣れません。
一週間の春節休みとはいえ、その前の週末は振り替え出勤一日、そして終わってから最初の週末も振り替え出勤一日。
春にも三連休などありますが、やはりその前後に振り替え出勤が設定されています。

中国の皆さんよ、何故そんなに働く??
というより、日本、何故そんなに連休多い? …まあ、日本は普段、残業多いから?

この制度、ハンガリーにもありました。
ドイツは…
ありませんでした。
(というより、ドイツは州ごとに休みが違うという不思議なところです)
他の国はどうなんでしょうね?

二日出勤して一日休むというのは、お正月明けの助走としては悪くないのですが、何となく釈然としないまま、明日は日曜日です。

戻ってきて [活動]

年末年始は一時帰国していました。

あまりブログには書いていませんが(書けていませんが)、ここ数年、仕事のやりがいとか面白さを強く感じると同時に、何故かずっとモヤモヤ感が続いていて、それが最近ピークを迎えておりました。

  こんなで、いーんじゃろーか。
  なんで、こーなんじゃろーか。
  息をしとらん気がする。できとらん気がする。
  どん詰まってる気がする。
  でも、それはなんでか、わからん。
  わからんけど、なんか、しんどい。すごくしんどい。


で、日本に帰って、ずいぶん息を吹き返して、ああこりゃやっぱりそろそろ一回帰らんといけん、と思ったり、でも日本に帰っとらんのが本当の原因なんじゃろうかと考えたり。
そして、4日の土曜日、短い日本滞在を終えて、北京に戻りました。

そして、北京のぱりっとした冷たい空気に触れた時、
ラッキーにも親切なタクシーの運転手さんの北京語を聞いた時、
いつもの「便利店」の人たちが働くそばを通った時、
マンションの裏口ドアを開けた時、

あー、私は帰ってきたんだなー、と思いました。

帰ってきたんだなーと思って、マンションの部屋に戻って、そして覚悟を決めました。
私はここで頑張ります。

残りの時間。
大きい仕事がまだまだあります。人に会います。平行して、先のことも考えなければなりません。
でも、腹をくくってここでやっていこうと思います。(上海で頑張る同級生もおるしね)
そんな2014年、よろしくお願いします。



謹賀新年 [活動]

明けましておめでとうございます。
2014年、始まりました。
今年は8月まで北京で働き、その後は少し日本にいたいと思っています。

いろいろな理由で突然状況が変わることもあるかもしれませんが、とにかく、ここで一度踏みとどまる必要性を非常に強く感じています。

海外の現場、特に今の環境で得られたものがとても大きいだけに、今後はついうかうかと時間を過ごしてしまいそうで、ちょっと危機感もあったりします。

でも、離れるからこそ得られるものを自覚的にとらえたい。
改めてそう思う、2014年の始まりです。

今年もよろしくお願い致します。

12月をふりかえって [活動]

しばらく通っていた中国語の早朝レッスンを11月末に終了。
購入したチケットがなくなったのと、学び方や環境が変わったのと、任期終了を控えて一区切りにしようと思ったのと、いろんな理由から。
寝不足状態が続いていたし、12月は週末も仕事や出張が多いので「12月は自分の勉強はやめよう!」「自分の勉強にあてていた時間はリラックスして過ごそう!」と決める。

が、実際ダラダラを始めると、どうもダメみたい。
なんか、調子が出ない。
限られた時間を細切れに活用して、論文の一本を読んだり、中国語の問題をやったり、そういう生活をしているほうが、結局他のこともできるようです…

なので、明日から始まる新年、やはり自分の勉強は日々少しずつでも続ける一年にしたいと思っています。まあ、これがなくなったら、専門職も終わりなのかも。。。

悩みは「睡眠不足にからきし弱い」ことなので、新しい年はこれも何とかしたいなあ。

よいお年を!

  


海外生活、しばし [活動]

早いもので、北京の任期もあと9か月。
9か月というと結構まとまった時間だけど、初めて外国に出た2003年からの10年を思うと、あっという間の時間、という気がする。

そろそろ、まわりの人たちも次の道を決めたり、準備を始めたりしている。
私も、3年前には次に向けてバタバタしていたのだった。今回、その「次に進むならバタバタする時期」を、「いや、自分は次は(基本的には)海外には出ない」と決め、ぐん、と我慢しているわけだけど、時期が来るたびそわそわするのも事実。

10年、新人という立場から始め、管理職もどき、教材作成、コーディネイト、そして教師研修と、組織や立場こそ変われいろんな経験をさせてもらった。
ここで「海外の日本語教育」というフィールドを離れ、日本へ帰ろうと思うことに、緊張感がないわけではないです。本当に。
せっかく更新してきた「海外」に関する自分の経験値もここで下がったりしないんだろうか、という気持ちもあるし。年齢的にも、日本での仕事探しも厳しいのは間違いないし。

でも、でも。区切る。ここで区切る必要がある。
そしてここでふんばって、自分の中のいろんなものを更新しなければいけない、日本以外だと行いにくい更新をしなければいけないと思う。

そして栄養つけて、もしいつかまた「海外の日本語教育」に戻る日がきたら、離れていた時期があったからこそ今動ける、と思えるような、これからの時間にしたい。

2003年からの11年(!)にも及ぶ、ほぼ途切れない海外勤務の中で、これからの9か月は最後の9か月。
いい仕事といい時間にしたい。
できますように。

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