So-net無料ブログ作成
検索選択
語学学習 ブログトップ

再び英語学習 [語学学習]

さて、相変わらず休み休みも語学学習は続けています。
とりあえず英語中国語
(実は他にもあるのですが、それは後日・・・)

英語ですが、スカイプで英会話というのを3週間前から本格的にやっています。
これについては実は「合わないかもなあ」という日記を以前書いています。 →ここ

が、英語についてはいろんなことが切羽詰ってくる中で、思い切ってスタート。
まあ、いやならやめればいいしねー。とりあえず、一日25分。

で、感じたこと。
あれ、意外と楽しいじゃん?
やはり「やってやろう」と覚悟を決めたのがよかったのかもしれないね。
こんなに英語と格闘したの、高校卒業以来だなあ。
そうか、中学高校の頃は、こういう感覚が楽しくて勉強してたのかな。
あ、今言えないことが言えなかった。うん、あとでちょっと調べておこう。
今度はこういうしたいってお願いしようかなあ。せっかくビデオもあるならShow&Tellとか。

とうい状態が3週間続き、そして、3日ほど前に突然気づいたのです。

あれ、CNN、わかるじゃん。



・・・えっと、スカイプ英会話の宣伝ではありません(笑)。

ここで、「さて、私の認知には何が起きているのか」「これは学習者の学びにどう転用できるか」とすぐ考えてしまうのは、職業病です。

ただ、ひとつ言えるのは、英語で1:1で話さざるをえない中で、聞くことに対する集中力が鍛えられたこと、特にレベルの高い先生のペースに必死にくいついていこうとして、瞬発力やスピードの感覚がついたことはあるかもしれません。

情報が一定以上耳だけで得られるようになると、その後ものすごくインプットの量が増えていくことは、ドイツ語の経験から感じることです。
(だから多分、教室で教師の仕事に必要なのは、そこまで学習者を育てることかもしれません)
「目から」だとやはり仕事の手を止めなければいけないけれど、耳からだと料理をしながらでも掃除をしながらでも情報を得られるわけなので。

さて、この短期間で予想外の効果が出た英語学習。
この先どうなっていくのでしょう? 
中国語+その他の外国語については、またいずれ。


nice!(0)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:資格・学び

久々にハンガリー語に触れる [語学学習]

この年末年始、短い期間ですが日本に帰っていました。

北京に赴任して4か月。
足りない物を補充したり、抜け落ちていた手続きをしたり、そんなこんなでバタバタしていたのですが、家にいる時には日本から久しぶりに某SNSアクセスし、ハンガリー語やドイツ語で流れてくる書き込みを眺めることもありました。

ちなみに、私のハンガリー語力はおそろしく低いので、わかるのは「明けましておめでとう」や「楽しかった」などの、ごく基本的なフレーズ程度です。
それでも、かすかにわかる言葉を見ているうちに、それを書いた友人や学生たちの顔が思い出され、ハンガリー語、いつかまたやってみたいかも、と、ちょっと本気で思ってしまいました。高度なことまでできなくて構わないのですが。

英語中国語や、専攻語だったドイツ語については、総合的にもっといろんなことができるようになりたいという気持ちがやはりあります。
それは会議の場面だったり、仕事上のさまざまな要求や交渉だったりしますし、ドイツ語なら美文や詩的表現まで咀嚼できたら絶対楽しいだろうなと思ったりします。そういった場面は、今、現実には接することのないものであっても、万が一遭遇した時には乗り切りたいという気持ちがあります。
だけど、ハンガリー語については、そこまでの欲はありません。懐かしい人の書いている簡単な近況がわかって、一緒に過ごした時間がちょっとだけ思い出せればそれでいいかな、という程度です。それも、私はクローズドなSNSのヘビーユーザーではないので、ごくたまに開いた時に、少しわかればいいなあというぐらい。

うーん、これってCEFR的に言えば、あるいはJFスタンダード的に言えばどうなるんでしょう???

けして実用的とは言えない(すみません!)ハンガリー語だけど、実用的でないからこそ、「自分にとってそれがどういう言語か」という部分がすっきりしていること。
欲もなく、でも「何故その言葉がどの程度までできるようになりたいか」ということも、とても整理されていること。
久しぶりにハンガリー語を見ながら、何だかちょっと不思議な感覚を覚えました。

さて、本当にいつかまた、ハンガリー語を勉強する機会があればいいなあ。



<追伸>
この後、ひょんなことからMedgyes Peterの研究内容に触れる機会があり、彼がハンガリー人だということも知りました。
うーん、やはり気になる。ハンガリー。



中国語レッスンを申し込む [語学学習]

来週から地域巡回研修が始まり、11月・12月はこの広い国を劇的な(笑)動き方をするというのに、申し込んでしまいました。
それは、中国語のプライベートレッスン
週1回、2時間の予定です。

「何もこんな忙しい時に始めなくても・・・」という周囲の視線をひしひしと感じましたが、新しいことっていいものですね。

語学学校の雰囲気も懐かしい。久しぶりに学生に戻った気分。
四川でも同僚に1年だけ教えてもらっていたけど、やっぱり「学校」が面白い。いつもと違う場所という感じで。

来年にはもう、私にとって中国が「一番長く住んだ国」になります。
中国語も、もうちょっとできるようになっておきたい。

楽しみです。



中国語の通信教育 [語学学習]

実はこの春から、つまりハンガリーにまだいた頃から、中国語通信教育を始めていました(ハンガリー語の先生、すみません)。
北京に行くことはもう決まっていて、中国語の勉強は再開したい。
でもハンガリーでの時間をあまり拘束されることなく勉強するにはどうしたらいいかなあ、と考えたのが、通信教育にした理由でした。

あ、あと、e-learningに興味があったというのもありますね。

メールによる作文添削。
3級はだいたい取得した、初級後半から初中級レベルが対象。
勉強してみて、やっぱりよかったな、と思います。

もちろん自分の中国語はまだまだだという自覚はあったけれど、語彙が足りないのかなあとか、何となくその程度にしか思っていなかったわけです。
でもあらためて作文(翻訳)をやってみて、独学の中で、語彙だけじゃなく基本的な語順や用法がわかっていなかったこととか、サバイバル以上の表現ができないことなど発見。
そういえば検定試験を受けた時も、実は私、文法の点がわりと低かったんですね。

今のところ作文課題に追われているけど、送られてきた添削はまた見返して勉強したいな。と、思っています。
さて、終了まであと二回。




さがしてる [語学学習]

最近、探しているもの。ハンガリー語のWeb教材。初級中期以上向け。

ハンガリー語をそんなに上達させる必要は、多分ない。
facebookなどで昔の受講生の近況が何となくわかって、コメントできたらいいかなあと思うぐらい。
そのコメントも、「よかったね」とか、「気をつけて」とか、「おいしかった?」程度。
必要なメッセージのやりとりは日本語英語で行われるはずなので、エッセンス的な楽しみというか。

辞書を引きつつなら何となくできなくはないけれど、とてつもなく時間がかかる。
自分の発するコメントは「おいしかった?」レベルでもいいとして、少なくとも彼らの記す徒然が、もうちょっとすらっと読めたら楽しいなあ。
今すぐに開始するのは、状況的に多分無理。でも、どういう手段を使えば勉強できるとか、何となく知っておきたい。

で、思い出した。
以前一緒にお食事したハンガリー語の先生が言われていたこと。「ハンガリー語教育は外国に住むハンガリー系子弟のための継承語教育に力を入れている」と。
その先生も、アメリカで実際に指導に当たっていらしたそうです。

そうかー、その視点で開発されているものもあるかもしれないね。
継承語としてのハンガリー語。なるほど。
英語などで行われていたら、少し敷居が低そう。

そして、改めて思ったこと。
自分自身も日本語教育関係者として、こういう情報や方法はちゃんと持っておく必要はあるな、と。改めて。
日本を離れても卒業しても、日本語とは関係のない仕事についたとしても、もし学習を続けたければその機会は開かれているよ、と。

実利でない言語。
だからといって、やめることを前提としなくていい。だって楽しみ、だからこそ。
私の中でハンガリー語はもう、「思い出した時にのんびり生涯学習」、はたまた「老後の楽しみ(笑)」と位置づけられたりしているのですが。

さて、ちょっと探してみようっと。



ハンガリー語のこと [語学学習]

語学学習は基本的に好きなのですが、まさに下手の横好きで、何とも中途半端なレベルの語学をいくつか抱えた状態です。
今回は三年住んだにも関わらず一向に上達せず、今まである程度まとまった期間勉強した言語の中で、習得度ダントツ最下位を誇るハンガリー語について。

上達しなかったかとはいえ、それでもゼロかというとそうではないわけですね。
三年たった今では例えばレストランなどで「えーっと、これは何の肉? 持ち帰りでいい? あ、箱代いくら?」ぐらいのやりとりは、ヨロヨロしながら何とか話せるようにはなっているので。
それと、『指さし会話帳』を手にとって眺めた時に、そこに出ているフレーズはだいたい意味がわかるし、単語も知っているものが多いのを感じます。やはりいつの間にか積み重なっていたんですね。

それなりの習得を支えてくれたのは、私の場合はやはり「学習の場」。
クラスレッスンは仕事の時間が合わなくてどうしても通えなかったのですが、プライベートレッスンで週1回。途中で先生との時間が合わなくてお休みした時期はあったものの、数えてみるとおそらく一年半は勉強したはずです。
仕事一色の毎日の中でちょっと学生気分に戻れる貴重な時間。語学面でも、ハンガリー語のような見たことも聞いたこともなかった文法を理解することや、英語語彙ともドイツ語語彙とも違う基本単語をコツコツ覚える練習は、先生がいなかったらやはり無理だったんじゃないかなと思います。
あとは、毎晩せっせと宿題をしてみたり、習ったフレーズを街で使ってみたり、『指さし会話帳』に出てくる語彙を覚えてみたり、特にLang-8で日記を書いたりという、地味な学習です。

それと、やはり人と話したいという気持ち。
仕事は日本語や英語でだいたい事足りてしまうのですが、気さくなお店の人たちや、地方都市にふらりと旅行に行った時など、やはりハンガリー語で話したい。あるいは話さないといけない。

懐かしいなあ。
時々お昼に出かけて行った、職場の近所のビュフェの店員さん。
親切な何でも屋さん。
夜、仕事で帰りが本当に遅くなって、それでもどうしても何かを食べたい時に駆け込んでいた、インド・カレーのお店。
同じアパートに住んでいた、猫をたくさん飼っているロシア人のおばさま。
数はそんなに多くなかったけれど、いつの間にか親しくなった何人かの人たち。
仕事が日本語と英語なだけに、私にとってのハンガリー語は「仕事と違う場所」を思い出させてくれる存在だったのかもしれないですね。

モデル・クラスで勉強していた14~5歳の仲良し女の子たちが、最後に会った時、
「先生、日本でもハンガリー語を勉強しますか」。

うん、するよ、もちろん、と答えて、でも、本当は自信ない部分もある。
だけど、あの人たちと話していたハンガリー語はやはり好きだったし、いつか、ハンガリー語というものともうちょっと付き合ってみたい・・・と思っているのは、ウソではないわけで。

ハンガリー人でも大人たちは、結構「ハンガリー語は勉強してもそんなに役に立たないから」と言ってくる。
だけど、彼女たちがキラキラした目で「ハンガリー語勉強しますか」と聞いてきたことは、やはり忘れないでおこう、と思っています。



語学学習 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。